第10話・・・バンド人生への第一歩を歩き始めたのです | |
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高校に入学しました。
受験勉強も多少しましたので、その呪縛からのがれることが出来ました。
いよいよ高校生になったわけです。
「これからはギターに燃えるそ!」
と言う意気込みと共に、この時期はひたすらギターに没頭していました。
小学校時代に私をギターの道へある意味において引きずり込んだ
「なぜか几帳面な歩き方のN君」
も同じ高校に入学しました。
彼は入学当時、すでにドラムはあきらめていた様子で
「白のストラトキャスターが欲しい!」
と叫んでいました。
「なぜに白いストラト?ジェフベックか?」と想っていたのですが
最近、それがジェフベックではなくウルリッヒロートであったと知りました。
ウルリッヒロートと言えばスコーピオンズ。
でも本当は、ヴァージンキラーのジャケが好きだった様です。彼は・・・。
「ラリーカールトン」を中心に徐々に「クロスオーヴァー」に傾きつつあったのですが
やはりロックも好きという状態が続いていました。
いや、この時期にはすでに「クロスオーヴァー」と言う言葉はなくなりつつあって
「フュージョン」と呼ばれていましたね。
そんな時に、私と「ロック」を決別させて「フュージョン」一筋にさせてしまう
出来事がありました。
それは夏前のこと・・・。
兄が大学に行っていました。大学と言えば学園祭。
兄の大学は結構お金のある大学のようで
学園祭のイベントとして「フュージョンナイト」というものが行われると知ったのです。なかなかプロのバンドを見る機会が無かったので
これは!と想い、さっそく見に行くことにして
チケットを兄に頼んでゲットしました。
出演者は「SHOGUN」「スクエア」そして「カシオペア」
当時のお目当ては「SHOGUN」。ちょうどTVドラマの「俺達は天使だ」のテーマ
がヒットしていた時期。もちろん「SHOGUN」は最後、とり。
一番手は「スクエア」。かなり初期の演奏だったので
結構ポップだったのを覚えています。
そして次に登場したのが「カシオペア」でした。
ちょうど「メイク アップ シティ」が発売されたばかりで
そのナンバーが中心でした。
1曲目はあまり覚えていませんが「ジプシーウィンド」だったと想います。
そして「アイズ・オヴ・マインド」がはじまったとき、まさに
鳥肌がたつというのはこのこと!
すごい・・・あ・・・あ・・アンサンブル。
ギターの野呂一生さんのプレイもすさまじいものがありましたが
それよりもバンドとしてのパワーと音圧に圧倒されました。
これがフュージョンというものか・・・。
しばし絶句しました。
もうその段階では、とりの「SHOGUN」はどうでもよくなっていました。
家に帰ってからさっそく「メイクアップシティ」のレコードを購入しました。
これがまたすごいアルバム。
まさにノックアウトという感じでした。
「リッチ−ブラックモア」にしても「ラリーカールトン」にしても
常にギタリストとして衝撃をうけ、好きになったのですが
この「カシオペア」の場合はもちろんギターの野呂一生さんも
好きですが、むしろ「バンド」としての全体の格好よさ。そして
バンドアンサンブルへの興味、から好きになったのでした。
ギターというよりは音楽性に大変影響をうけたバンドといえると想います。
そのためギターの練習として「カシオペア」をコピーすることは
ほとんどなかった様に想います
それよりも「バンド」を結成して「カシオペア」のコピーバンドがやりたい!
という欲求に支配されていました。
しかし簡単にメンバーが集まるわけでもありません。
ですから相変わらず家でのギターマンが続いていましたが
しかし、ふとしたきっかけで一夜限りのバンドをすることになりました。
はじめてのバンドです。
でもこれがひどかった・・・というか・・・なんというか・・。
そして、すぐに2つ目のバンドも結成したのですが
これもまた・・・普通じゃなかった・・・。
・・・・・・・・・・。
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